![]() キム 44歳
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キムの場合命ながらえ、 |
皆さんこのサイトを訪問してくれて嬉しいです。自己紹介をさせてください。名前をキムと言います。1957年12月17日にカナダのオンタリオ州で生まれました。私の素晴らしい両親は二人とも喫煙者でした。1960年の3月に弟タッドが生まれ1961年10月に妹ケリーが生まれました。
私は12歳でタバコを始めました、タバコを両親からくすね、食品店やドラッグストアーからパックを盗みました(盗む…これは事実ですがそれを認めたくないのです)。私は12歳でニコチン依存症で、入手方法がどうであれ「処方」を既に必要としていました。…悲しいことですね? 妹もタバコを始めました、弟は決してタバコを吸いませんでした。
24歳の時に一ヶ月間禁煙しましたが引き出しに残しておいた一箱はあまりにも誘惑的でした。
両親は二人とも1985年に禁煙しました。その年6月に私はトニーと結婚しました。
私の祖父はいつでもタバコか葉巻かパイプを口にしていました、そして天寿と言える90歳まで生きました。彼はうっ血性心不全で亡くなりました。祖母は一度たりともタバコを吸ったことはありませんでしたが72歳の時腸のガンで亡くなりました。私の76歳の叔母は50年以上にわたり喫煙をしていますが今も壮健です。
1990年7月私は再度禁煙し、このときは一年半続きました。クリスマスの時に何杯か酒を飲み夫に一服をねだり、一服また一服と続き完全な喫煙者に戻ってしまいました。
2001年6月再度禁煙に挑戦し三日間続きました、2002年1月のトライでは四日間続いたでしょうか。本当に禁煙しようとは思っていませんでした。さあ、思っていたのかもしれませんし、そうでないかもしれません。祖父を見て、おばさんを見て、両親は何も悪い影響を受けていません、彼らは今70代になっています。私には何も起こりやしない、ヘビースモーカーではないのだから。
2002年3月私はある手術を受けに行きました。手術前検査で、血液、胸のレントゲン、心電図などを受けました。3月7日医師がエックス線写真に何かが写っていると言いました。左の肺に点があったのです。神様、それは正確にはどういうことなのですか? 翌日専門医に会いに行きました。3月7日、私がタバコを口にした最後の日です。その日は私の妹が禁煙をした日でもあります。
専門医に翌日会いそれがガンであり心臓にとても近いところにあると告げられました。ガンが心臓に達していたとしたら何もできなかったのです。CTスキャンで見るとガンは心臓に触れているように見えました、それだけ近いということなのです。私ができる唯一の選択肢は左の肺を取り除くことでした。何を? 私が? ガンだって? 肺を取り除くって? そんなことはあり得ない。こんなことになるなんて私は若すぎる。
それからの一ヵ月半はとても忙しかった。CT、骨のスキャン、超音波検査、全てが陰性だった、これはよい知らせでガンは体のどこにも転移していないということだった。ストレステストを受け、肺機能テストを受けた頃には私の体にはもう検査用の血液が残っていないのではと思い始めた。全ての検査を済ませ手術を待つばかりだった。医師はリンパ節への転移は開いてみないと判らないだろうと述べた。
4月23日の8時20分手術室へと搬送された。5時間後手術室から出て集中治療室の人工呼吸機に繋がれた。肺を失っただけでなく肋骨も失っていた。幸いにもリンパ節には転移していなかった。
2002年4月23日 集中治療室のキム
沢山の管や配線に繋がれていたが翌日には自分で呼吸ができるようになった。日増しに体力を回復しチューブとワイヤーが外されていった。そして5日目には全てのチューブとワイヤーが取り外され、6日目には退院した。母は看護婦だったので二週間の間父と母のところへ帰った。家庭での療養を一ヶ月近く続けた。毎日一回看護婦が来て傷の包帯を交換していった。
非常に疲れやすくなり、呼吸をするのが大変だったので夏の湿度の中では大儀だった、また重いものは何も持ち上げることができなかった。何をするにもゆっくりする必要があり、そうしないと心臓が動悸が起こるのだった。傷跡の上部には癒えるのに長い時間かかる部分があった。癒しを早めるために毎晩熱湿布が行われた。体の左側は傷跡からわきの下まで無感覚でくしゃみをするととても痛んだ。完全に体力を回復するには何ヶ月もかかるだろう。
左肺の傷跡
こういうことは自分には起こらないと絶対に考えてはいけない。私は自分でそう考えていたが、自分に起こったこと見てみなさい。私は幸運に恵まれた一人なのだ・・・なぜかですって? それにお答えすることは決してできないでしょうし、まだ危機から逃れたわけでもないし。これから三年間、6ヶ月ごとに検査を受けなければなりません。
キムの愛する妹ケリー
私の妹ケリーは知らせを真剣に受け止め肺ガンに関する情報を見つけようとして、診断の直後にこのサイトをみつけました。最初に彼女は「追想の壁」(あまりにも胸が痛むので私はまだ訪れることができないサイト)に出くわし、続いて「卒煙したら」と「ニコチンからの自由」を見つけました。このサイトの人々、教育そして支援は素晴らしいものがあります。これが唯一の禁煙とそれを続ける(卒煙)する方法です。
あなたは卒煙できます。私に起こったことをあなたに起こらせないで下さい。これは誰にでも何歳の人にでも起こり得るのです。タバコの箱の警告文よりは私のほうが上手だと思い込んでいましたが、それは間違いだとお分かりでしょう。警告文は真実なのです…タバコは人を殺すのです、そして私をほとんど殺しかけました! 私は、家族が「追想の壁」に投稿するのではなく自分でこの話しができることに、ただただ感謝の念を持っています。
翻訳:西田季彦
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